マイコプラズマとの闘い

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由 来

 Mycoplasma — すべての鳥にとって、厄介なこの病原体は、どこから入ってくるのだろうか?
 マイコプラズマは、微小な細菌の一群であり、鳥類に病害をもたらすものは、実に20種近く存在する。このうちM.gallisepticum及びM.synoviaeが、家禽をはじめ飼い鳥で症例の多い、最も警戒すべきものである。尚、人に時として重篤な肺炎を引き起こすマイコプラズマは、別種とされる。
 30年以上鳥を飼育している我が家において、マイコプラズマを確認したのは、’21年である。ただしこれは、PCR検査によって診断確定されたのが、翌’22年のことであり、過去においてマイコプラズマがなかったとは言い切れない。いや、今思い返すと、根治させることが出来なかった疾病の根底に、マイコプラズマが関与していたのでは、という疑念は残っている。

 わたしは、’21年の春先に高齢の愛猫を失った。わたしは小さいころから鳥が好きなので、その時点でも何羽かは飼っていたが、猫の介護とは両立できないので、しばらく新しいものは控えていたし、繁殖もF2までで自然と下火になっていた。しかしこのときは気分を変えるために、輸入物の或る鳥に飛びついた。それは、コキンチョウであった。いつもお世話になっている動物病院へ行く道すがら、某ホームセンターのペットコーナーにペアで売られていた。もう獣医さんのところへ行く用事もそうそうないが、ふと(もしまだ売れ残っていたら飼おう)と思い立って、暮方のバイパスに車を飛ばした。
 いたのは、しかし1羽であった。聞けば、もう1羽はつい何日か前に死んだという。どういう状態で死んだのかできるだけ詳しく聞くと、はっきりとした症状はないが、徐々に弱っていき落鳥となったらしい。今残っている方はおとなしく見えるが、それを病気と判断するだけの材料も見られなかったので、購入した。コキンはことに弱い鳥とされている。小さいころ、ペットショップで見て、極彩色に色分けられた高価な小鳥として鮮烈な印象をとどめているが、当時手の届く鳥ではなかった。輸入ものとはいえ、決して安い買い物ではないが、コキンを見るのも久しぶりで、なおかつ手に入れたので、こころが満たされた。ただ、半分。もう1羽やはり欲しかった。最近は、鳥インフルエンザの流行が毎年のように紙面をにぎわせており、アジアからの鳥類の輸入も途絶え、それに伴い店先から賑わいも絶えて久しいが、鳥を扱うペットショップ自体減ってきており、つがいの補充に奔走した。幸い、別のショップにやはり1羽で売れ残っているのが見つかったので、それを買うことにした。これは国産ということであった。

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発 症

 2羽買ったのはゆくゆくはつがいにするつもりでのこと、しかし検疫期間は別々に飼っていた。輸入の1羽はおとなしく、国産の1羽は活発だった。これを性差と仮定して、1か月後、同居させた。コキンの雄雌の区別は難しい。一般的には胸の羽(紫)色の濃淡で一応区別できるとされているが、どちらも白胸に改良されている。が、2羽のこの様子を見て、相性さえよければ、いけるかもしれない、と期待を膨らませた。ところが、同居からしばらくして、ケージ越しに「ケッ、ケッ」という小さな音が漏れ聞こえてきた。どうやらそれは輸入物ほうが発しているらしかった。慌てて、再度別居させ、数日のうちに治療に入った。季節は、夏に差し掛かっていたが、保温もした。
 ところが、今までの経験上、鳥に効果のあったいくつかの抗生物質を順番に試していったのだが、いずれも効果が乏しかった。はじめは気のせいかと思っていたほどの空咳が、日を追って烈しくなってくる。小さな体を波打たせるように発咳するし、夜そばで寝ていてもするのでなんとかしたかった。市販の咳止めまで購入して内服させても、気休めでしかなく、治療は暗礁に乗り上げていた。鳥の投薬は、慣れてはいるが、効果がないなら続ける意味がない。このころは保温はすでに不要な時候。あとは治療続行か中断か悩み、いったん中断してみたが、その後明らかに悪化してしまった。徐々に採餌量が減り、膨らんだ羽毛の中に顔を埋めて毬のようになっている。その毬が時折、線香花火のようにかっかっと微動して不憫であった。そこで、これまで試した薬の中で、多少効果が認められたもの(ミノサイクリン)に絞って、投薬を再開することにした。が、いったん悪化した病勢には、さほどの験も見られずに、秋の初めに落鳥した。

 ここまでは、やむを得ないことだ、こんなこともあると思って、黒幕がいることには目を向けなかった。ところが、その秋の終わり、1羽になっていたコキンのケージから、またしてもあの「ケッ、ケッ」というしわぶきの音を聞いたので、はじめは耳を疑い、しかし確かに咳をしていることが確認されると、急に目の先が暗くなる感じを覚えた。その時わたしは、鳥の病気ならたいていのものは治せるという自信が揺らいでいたので、(またか)と思うとともに、自分の治療が合っているのか確かめるまたとないチャンスだ、と奮い立った。そして、前とは逆の順番で有望な順に薬を試していったが、一向に咳が収まる気配がなく、落胆した。とともに、これがほかの鳥たちに広まることを考えると、ほとんど一睡もできないような気持になった。
 PCR検査は、新型コロナで巷間に普及したが、鳥のPCRとなると取り扱っている病院はまだまれで、何とか近場で見つかったので、検査を受けさせることにした。培養検査と違って、こちらで病原体を指定して調べるので、項目を1増やすごとに料金が加算される。とりあえず症状から言って、3項目調べてもらうこととした。 クラミジア、マイコプラズマ、アスペルギルスの3つである。アスペルギルスは、細菌ではなく真菌であるが、抗生物質がことごとく効かないので、念のために候補に入れた。
 結果はクラミジア(-)、アスペル(-)、マイコプラズマ(+)であった。年末に受けたので、結果が返ってきたのは年が明けてからであった。

治 療

 先方からマイコプラズマに著効のあるとされる薬剤が何種か示された。これらの系統は、いずれも手持ちがあったのみならず、すでに一再ならず試したものであった。なので、局面を打開することはできなかった。ただ敵の正体が分かったに過ぎないが、マイコプラズマがこんな手ごわいものとは思ってもいなかった。そんな厄介な病原体が、いったいどこから入ってきたものか。疑わしいのは、先に死んだ輸入の鳥だが、万に一つ、うちにいる鳥から伝染ったということも否定できない。また、マイコプラズマ自体そこまで手ごわいものとも思えず、この時点では、さらなる黒幕の存在も考えていた。なので、死んだ鳥に関しては、もう後の祭りだが、在来の鳥たちの中から抽出して再度PCRを受けてみることにした。今回は、マイコプラズマと抗酸菌を指定した。すると、マイコプラズマ、抗酸菌とも陽性で返ってきたので、愕然としたが、追い討ちをかけるように、抗酸菌に関しては、当院に薬がないと言われて匙を投げられてしまった。そんな時頼ったのが、猫でお世話になっていた先生で、訳を話すと、取り寄せてくれることになった。抗酸菌の治療は、感染症の中でも最も特殊で根気がいるもののひとつであり、多剤併用が基本なので、このとき3種類を購入した。迷惑のかからないように、箱で買い取ったのだった。

転機

 俄に、抗酸菌という強敵と戦うことになったが、幸いにして発症しておらず、またうちで罹っているのは、1羽であることが分かり(後日すべての抗酸菌検査、陰性)、宿痾となりつつあるコキンのマイコプラズマの治療も並行して行うこととした。新しい薬が手に入り、しかもいろいろ試すには十分過ぎる量なので、コキンの薬もテトラサイクリンから、抗酸菌の薬に切り替えてみた。すると、2週間ほどで、絶えずしていた咳が止まり、さらに2週間すると、購入当初していた地鳴きの「ピッピッ」という声が、かすれはあるものの、少しずつ出るようになった。かれこれ半年以上沈黙していたので、久々に声を聴いたときは、身震いし(よし、いける)と思った。抗酸菌の薬が効くというのは、偶然の発見であった。また、後で調べたところ、人の症例では、一部の抗酸菌の薬は用いられるようである。いずれにせよこういう場合、試す価値はあると思う。
 症状が消えて、さらに2か月、投薬を続けた。その頃にはかすれがちだった声も完全に復調したので、ここで治療を終えた。

再発

 再発が認められたのは、治療が終わって半年以上たったころだった。この間、新たに、番う相手をあてがっていた。なので、咳のような音を聞いたときは、耳を疑った。いよいよ咳をしていることが、はっきりしてもなお、マイコプラズマだと思いたくなかった。なぜなら、完治を確信していたし、新たに導入した個体においては、検疫中にマイコプラズマの検査を済ませていたのである。別の原因では?  と思ってもみたが、一から薬を模索するのと、以前の治療を再びするのとを比較して、リスクの少ない方をとることにした。はっきりしているのは、以前と同じ症状であり、以前マイコプラズマであったことだけで、陰転しているかの検査は、行っていない。ならば、再発と考えるのが妥当であろう、と。

 はじめわたしは、直接投与して、いったんは回復に漕ぎつけていたが、今回、方や無症状であるが、2羽なので、まとめて飲水投与を選択した。が、著効に乏しく、2か月ほどで再考。この2か月で、少なくとも症状の悪化は見られなかったので、薬の選択自体は合っていると判断した上で、直接投与に切り替えた。8月から直接投与を始めて、験が見られ出したのは、10月の声を聴いてからであり、初めての時と比べて、約4倍の日数を要した。そして、年内いっぱいは投薬を続けることとし、2回目の治療を終えた。

総 論

  • 感染 野鳥や輸入の鳥などでは保菌している個体は多く、発症までの期間はまちまちであるが、感染から半年以内、多くは季節の変わり目など、抵抗力の落ちやすい時期に発症することが多いとされる。無症状もある。当方で陽性が確認された2例目は、マイコプラズマとしても無症状であった。
  • 症状 まず鳴かなくなる、次いで変声、嗄声、咳等に移行していく。文献的にも呼吸器症状が圧倒的に多いとされる。また難治の副鼻腔炎などにおいても、潜在的なマイコプラズマの関与が疑われるケースもある。末期には、消化器症状も。
  • 治療 一般的な抗生剤では効果が見られないことが多く、上に書いたような多剤併用が良い。概して治療は長期になり、飲水投与は効果があがらず、さらなる治療の長期化と病原体の耐性化を助長しやすいので、可能ならば直接投与することをお勧めする。それでも短期で切り上げず、じっくり臨むべき。
  • 現況 ダメ押しのつもりで、さらに12か月投薬したので、すっかり良くなって、産卵もするようになった。経過を観察しているが、今のところ再発の兆候はない。
  • その他 同居させていると移る可能性が高い。飼育水やエサの共用、使いまわしも同様。感染の予防には、隔離。部屋を分けるのがベストであるが、発症していなければ、かごを分けるだけでもよい。ただし、発咳などの症状がある場合は、籠にビニルを張る等の工夫が必要である。飼育用具(エサ入れ・水入れ等)は、通常はまとめて食器用洗剤で洗うだけであったが、感染が広がることはなかった。(注:2例目の個体とコキンとは、直接の接点がないので、今は別物であったと理解している。)日頃は特別な消毒はしていないが、定期的に籠は掃除している。その際も、病鳥の世話は最後にするなど、不可逆的な管理も感染防止に役立つ。

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